| BIOGRAPHY 〜展覧会と出版について〜 |

石山 貴美子
1947年
秋田県生まれる。
1989年

初めての写真集『母の小箱』 (文|佐藤 みさお/写真|石山貴美子)を出版。

友人の佐藤みさおさんが、髪結いさんとして生きてきたお母様への感謝の気持ちで作った小さな写真集の出版に際し、
髪結いさんとしてお母様が使われていた道具箱とかんざしや櫛などを撮影させていただいた。

1995年
銀座のアートギャラリー「巷房」で初めての個展『マネキン』を開催する。
1996年
福島県郡山市のギャラリー「觀」にて『マネキン』展が巡回される。
1997年
パリの「シテ・アンテルナショナル・デ・ザール」(Cite Internationale des Arts)で開催されたグループ展『日本人写真家の眼』
(L’Oeil: Des Photographes Japonais)にパリ在住の作家と共に参加する。
1998年
銀座「コンタックスサロン」にてグループ展
1999年
銀座のアートギャラリー「巷房」にて二度目の個展を再び『マネキン』で開催。
2003年
銀座のアートギャラリー「巷房」での三度目の個展『スペインロマネスク紀行』を開催し、
その紀行文が「日刊ゲンダイ」に掲載される。
2005年

集英社新書ヴィジュアル版『江戸を歩く』(共著:文|田中優子/写真|石山貴美子)が出版される。
東京のさまざまな界隈を江戸の面影をもとめて、一年をかけて撮り歩いた。

新宿書房より写真集「石山貴美子写真帖」が出版される。

「日刊ゲンダイ」五木寛之氏によるロングラン・コラム“流されゆく日々”のカット写真1,112枚が収録された。

写真集出版と同時に銀座ギャラリー「巷房」にて4度目の個展『流されゆく日々』を開催。

2006年
ベルリンのギャラリー「OKO」で『マネキン』の個展が開催に続き、
東京・台場の「Gallery 21」で集大成となる個展『Les Mannequins 2006』が開催される。
2011年
台場「Gallery 21」でのグループ展『空 KUU Beyond the border』に参加。
2013年
「東京画 Describing Tokyo Scapes by 100 photographers」に参加し、東京をテーマに新たな視点で作品制作に着手。
2014年
清流出版より『鄙への想い-日本の原風景、そのなりたちと行く末』(共著:文|田中優子/写真|石山貴美子)が出版される。
法政大学の総長となられた田中優子先生とのコラボレーション。「鄙」とは、「都市部」から離れた「いなか」のこと。
「鄙」と「都」の構図から見えてくるものとは?江戸の価値観を通して、現代社会が抱える矛盾に迫る仕事となった。
KIMIKO ISHIYAMA

| BIBLIOGRAPHY |

書評 『母の小箱』
著:佐藤みさお 写真:石山貴美子
1989年
書評 『江戸を歩く』
著:田中優子 写真:石山貴美子
2005年 集英社新書
(中略)
ここには、私が江戸を幻視しながら歩いた東京と、石山さんがレンズを通して見た東京の背後の江戸が、交叉していると思う。この本の文章は写真の解説ではない。写真は文章の参考図版ではない。それぞれ別々に書いて、撮った。三味線と唄のように、ずれながら時々出会い、出会っては離れている。(中略)この本は、背後に江戸を見ながら書いている。だから東京案内としては不完全である。何よりも、食べ物屋や遊び処はほとんど出ていないと思う。しかし血がかよっているはずだ。江戸という血が、東京の地下を通っていることを感じて欲しい。歴史や文化とは昔のことではなく今のことであると、少しでもそう感じていただけたら、いくらか役に立ったのだと思う。

田中優子 (同書前書きより)
書評 『石山貴美子写真帖 1984-2005』
著/写真:石山貴美子
2005年 新宿書房
石山の視線は、奇をてらったり、特定の対象に集中したりすることなく、日々の暮らしの中で目についたものに自然体で向けられているように見える。だが、「さりげなさ」をここまで長期にわたって持続し、世界がふっと身じろぐ瞬間をとらえるためには、かなりの集中力が必要になってくるはずだ。いつでも、どこでもシャターを切れる体勢を整えておかなければならないからだ。
真四角のフレーミングにも秘密がある。実際は35㍉判フィルムで撮影し、焼き付けの時に正方形にトリミングしているという。そのことで、被写体を「切り取る」という意識がより強調され、フレームに封じ込まれた事物の存在感が際立ってくる。
五木の文章にすっと寄り添いながらも、彼女の写真は「ここにこんなものがあった」という確かなメッセージを発しているのだ。

飯沢耕太郎(写真評論家)
書評 『鄙への想い』
著:田中優子 写真:石山貴美子
2014年 清流出版

東日本大震災で浮き彫りになった「鄙」(都市部から離れた「いなか」)と「都」の関係を見つめるフォトエッセー。
水俣事件と深くかかわってきた渡辺京二氏が講演会で発した「人間は土地に結びついている。土地に印をつけて生きている存在である。人間は死んだ人間の思いとつながって生きている」との言葉を心に刻んだ著者が引き込まれた一枚の写真。(中略)
その写真を手にして著者は「見守り,見守られる関係として、あらゆる死者とつながって生きるのが、鄙の生き方」であろうとつづる。(中略)沖縄の基地問題、鄙に生まれ育ち、多くの人に芸術的な影響を与えた「秋田蘭画」を残した小田野直武の人生、高速増殖炉「もんじゅ」の計画と破綻、水俣病や放射能汚染が鄙の内に生み出す差別など。さまざまな視点から鄙を見つめ、鄙の本当の存在理由は「人を自然界に結びつけ直し、人を『まとも』に育ててゆく力」だと語る。冒頭の田んぼの写真の他、章ごとに添えられる、祭りや農作業、丸太を組んだだけの素朴な鳥居などの石山氏の写真作品からは、流行や経済に一喜一憂する都会の風景とは無関係に、それぞれの風土で地に足をつけて生きる鄙の人々の暮らしぶりが伝わってくる。鄙を都の価値観に対して批判的に働くもうひとつの文明と位置づけ、鄙の思想を再構築していく示唆に富んだ思考の試み。

日刊ゲンダイ
書評 『佐治敬三と開高健 最強のふたり 』
著:北康利 カバー写真:石山貴美子
2015年 講談社